62.見立ての日本文化・住まいのミュージアム

ある会社の幹部社員に、
その場でニワトリの絵を描いてもらうという実験を行ったところ、
30人中、20人近くが変なニワトリを描いたという。
なかには足が4本のニワトリもいた。
イシス編集学校の松岡正剛校長は、
このエピソードを聞いて、その場は大笑いしたものの、
ふとこんなことを思った。
彼らにとって、ニワトリというイメージが漠然と分かっていればいい。
本物のニワトリに会えば、それがニワトリと同定できる。それでいい。
われわれはさまざまなものに関する「らしさ」を知覚の前提にして生きている。
「らしさ」をもとにコミュニケーションしている。
10円玉を改めて描けと言われたら、変な銅貨になりかねないが、
10円玉と100円玉を一目で見分けられればそれでいい。
さすれば、10円玉と100円玉は、
われわれの頭の中で極めてシンプルな「らしさ」となって存在している。
裏返していえば、われわれにはそもそも
「何かを何かにざっと見立てる傾向がある」。
その見立て傾向を、かなり思い切って引き出してきたのが
日本の「見立て文化」である。
例えば、日本庭園では、
枯山水が石組だけなのに、それが水や川や海の見立てになっている。
和菓子もまた、
「州浜」「千鳥」「月の雫」等々、見立てになっているものが多い。
鼓月の『千寿せんべい』は、波間に飛鶴の影が映る、おめでたい情景。
ナミナミの生地が波、真ん中のチョコレート色が波の上を行く鶴の影になっている。
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・・・・・・久しぶりに、この本を読み返そうという気になったのは、
このゴールデンウィーク、知人にせがまれて
大阪くらしの今昔館を案内することになったからである。
今昔館には、国宝級のお宝が揃っているわけではないが、
何度も足を運んでみたくなるのは、企画力、編集力の賜だと思う。
米朝師匠の音声案内に添って進んでいくと、
かつての町屋の風景がそのまま広がっている。
その店先の一軒一軒に飾られているのは、祭礼の「造り物」である。
まさに「見立ての趣向」だ。

嫁入り道具一式でつくった獅子。箪笥、手鏡、帯、箱枕等々。クリックすれば大きく見られます。

杓子で造った杓子如来。クリックすれば大きく見られます。

箒で造ったかまきり。クリックすれば大きく見られます。
ぼくは「見立て」というと、
以前、営業でよくご一緒させてもらった物真似の亘哲兵さんを思い出す。
小道具は使うが、その対象になりきるための特別メイクは無し。
リアルに似ているかというと、そうではない。
「らしさ」に人は笑うのだ。
ひとつのカツラもずらし方ひとつで
堀内孝雄になったり、谷村新司になったり、マッチになったり・・・
約40分のショーの間に、十数人の歌手や俳優が見事に現れた。
亘さんは、一流の「見立て職人」である。
前に東京でご一緒した時は、ぼくに気を遣ってくれたのか、
落語を分析しながら、ずっとその持論を語ってくれた。
今なら、もっと聞きたいことが山ほどあるのになあ。
落語もまた、リアルに女性になりきるでなく、それは不可能だ。
「らしさ」の芸ということが言えようかと思う。
大阪くらしの今昔館から、日本庭園に、和菓子に、亘哲兵に、落語にと、「見立て文化」について思いを馳せてみた。
イシス編集学校
大阪くらしの今昔館
亘哲兵
桂蝶六のホームページ
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