82.愛のメモリー 松崎さんに学んだこと
かれこれ10年ぐらい前になる。
松崎しげるさんのショ―の司会をさせて頂いた。
神戸のホテル。1週間連続で貸し切りのトークコンサートだった。
その初日、あまりの大役につい舞い上がってしまったぼくは、
司会者として大失態をやらかした。
松崎さんの、仕切りの上手さもあって、
ショ―自体は、一見何の問題もないように見えたが、
女性プロデューサーはかなりお冠であった。
終演を迎え、楽屋に向かうぼくに対して、
プロデューサーからキツイ叱咤の声が浴びせられた。
「ペケ!!あんた、そんなことで
ギャラなんか払えないわよ。
蝶六さん、あんたは何をしてるの!!!
松崎さんに、ちゃんと、謝りなさい!!!」
傍らにいた松崎さんは、白い歯を浮き立たせながら
「いいよ、社長!大丈夫だから……
それより蝶六さあ、今日、あと空いてる?
……いや、もしよかったら、一緒に飯を食いに行かない?」

松崎しげるさんと。手前がぼく。
神戸の焼肉屋さんだった。
音響や照明さんも入って、総勢10数名が顔を並べていた。
ぼくの席は、松崎さんのすぐ隣に設けられていた。
松崎さんは、まずこう切り出した。
「……司会って、今回、特に要らないんだよなあ」
終わった、……とぼくは思った。
「いや何、司会者じゃくてね、蝶六はね。
つまり、今回のはさ……おれと蝶六のジョイントだろ?」
ぼくは一瞬、松崎さんが何をおっしゃっているのか
全く分からなくなってしまった。
続いて、松崎さんは舞台監督を傍らに呼んでこうおっしゃった。
「あのさあ、蝶六の最初の喋りって、いったいどれぐらい取ってるの?
……5分?…それ短すぎるよ……それって、15分にならないの?
そんなんじゃ蝶六だって可哀そうじゃない。
お客さん、コイツ誰だろ?って、蝶六のことを見てるんだよ。
それでジョイントが成り立つわけねえじゃん。
……いや何、ぼくの歌、減らせばいいからさあ」
そう言うと、今度はぼくに向かって、
「なあ、蝶六よぉ。お前さあ、15分もあれば、お客をつかめるだろう?
とにかくお客さんをつかんで、蝶六の存在というのをちゃんとアピールして、
それから、ぼくを舞台に呼び込めばいい。
じゃないとさ、オレとお前のジョイントっていうのが成り立たないじゃん」
「飲もうよ」「これ、食えよ」「遠慮するなよ」と松崎さん。
ぼくの頭の中では、
ずっと「ジョイント?」という文字が躍っていた。
次の日、たっぷりと時間を頂いたぼくは、
温かいお客にもずいぶん助けられた。
自分で言うのも何だが、ドッカンドッカンとよく受けてくれた。
それから、松崎さんを呼び込んで……その先は言うまでもない。
終演後、また一緒に飯を食いに行った。
「……だろう?
…明日もさ、今日みたいにさ……頼むよ!」
ぼくの目の前には、ひときわ輝く
まっ白い歯が浮かんでいた。
ところで、初日、プロデューサーがぼくに激怒した理由はこんなことである。
舞い上がったぼくは、ろくに相手の話も聞かず、
それどころか、話の腰を折ったり、突然話題を変えたり、
松崎さんのトークを台無しにしてしまっていた。
上手に話すということ以前に、もっと大切な、
司会者として最低限の心得を、ぼくはすっかり忘れていたのだ。
……思えば、故・二代目春蝶も、この事をとても大切にしていた。
あの日、松崎さんは、
どうすればぼくが舞い上がらないで済むか、
どうすれば、ぼくにとって喋りやすい環境になるのか、
心底、ご配慮下さった。
「オレの話をもっとちゃんと聞いて受け答えしろよ!」
という言葉の代わりに、
ぼくの立場に立って、
ぼくのことを真摯に考えてくれて、
ぼくの立ち位置をちゃんと確保してくれた。
おかげで、ぼくは次の日から舞い上がることなく、
堂々と舞台に立っていられた。
「相手を生かす」ということ。
「相手の呼吸を計る」ということ。
「呼吸へ意識をはかる」
桂蝶六のホームページ
「第13回 蝶六の会」天神祭り特集。
7月23日(火)18時30分~、
天満・天神繁昌亭にて、
前売り2000円。おかげさまでチケットの残はあと50枚ほどになりました。
ご入場は、チケットに記載されている整理番号順となります。
お早めにどうぞ。詳細は、上のホームページにて。
松崎しげるさんのショ―の司会をさせて頂いた。
神戸のホテル。1週間連続で貸し切りのトークコンサートだった。
その初日、あまりの大役につい舞い上がってしまったぼくは、
司会者として大失態をやらかした。
松崎さんの、仕切りの上手さもあって、
ショ―自体は、一見何の問題もないように見えたが、
女性プロデューサーはかなりお冠であった。
終演を迎え、楽屋に向かうぼくに対して、
プロデューサーからキツイ叱咤の声が浴びせられた。
「ペケ!!あんた、そんなことで
ギャラなんか払えないわよ。
蝶六さん、あんたは何をしてるの!!!
松崎さんに、ちゃんと、謝りなさい!!!」
傍らにいた松崎さんは、白い歯を浮き立たせながら
「いいよ、社長!大丈夫だから……
それより蝶六さあ、今日、あと空いてる?
……いや、もしよかったら、一緒に飯を食いに行かない?」

松崎しげるさんと。手前がぼく。
神戸の焼肉屋さんだった。
音響や照明さんも入って、総勢10数名が顔を並べていた。
ぼくの席は、松崎さんのすぐ隣に設けられていた。
松崎さんは、まずこう切り出した。
「……司会って、今回、特に要らないんだよなあ」
終わった、……とぼくは思った。
「いや何、司会者じゃくてね、蝶六はね。
つまり、今回のはさ……おれと蝶六のジョイントだろ?」
ぼくは一瞬、松崎さんが何をおっしゃっているのか
全く分からなくなってしまった。
続いて、松崎さんは舞台監督を傍らに呼んでこうおっしゃった。
「あのさあ、蝶六の最初の喋りって、いったいどれぐらい取ってるの?
……5分?…それ短すぎるよ……それって、15分にならないの?
そんなんじゃ蝶六だって可哀そうじゃない。
お客さん、コイツ誰だろ?って、蝶六のことを見てるんだよ。
それでジョイントが成り立つわけねえじゃん。
……いや何、ぼくの歌、減らせばいいからさあ」
そう言うと、今度はぼくに向かって、
「なあ、蝶六よぉ。お前さあ、15分もあれば、お客をつかめるだろう?
とにかくお客さんをつかんで、蝶六の存在というのをちゃんとアピールして、
それから、ぼくを舞台に呼び込めばいい。
じゃないとさ、オレとお前のジョイントっていうのが成り立たないじゃん」
「飲もうよ」「これ、食えよ」「遠慮するなよ」と松崎さん。
ぼくの頭の中では、
ずっと「ジョイント?」という文字が躍っていた。
次の日、たっぷりと時間を頂いたぼくは、
温かいお客にもずいぶん助けられた。
自分で言うのも何だが、ドッカンドッカンとよく受けてくれた。
それから、松崎さんを呼び込んで……その先は言うまでもない。
終演後、また一緒に飯を食いに行った。
「……だろう?
…明日もさ、今日みたいにさ……頼むよ!」
ぼくの目の前には、ひときわ輝く
まっ白い歯が浮かんでいた。
ところで、初日、プロデューサーがぼくに激怒した理由はこんなことである。
舞い上がったぼくは、ろくに相手の話も聞かず、
それどころか、話の腰を折ったり、突然話題を変えたり、
松崎さんのトークを台無しにしてしまっていた。
上手に話すということ以前に、もっと大切な、
司会者として最低限の心得を、ぼくはすっかり忘れていたのだ。
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どうすればぼくが舞い上がらないで済むか、
どうすれば、ぼくにとって喋りやすい環境になるのか、
心底、ご配慮下さった。
「オレの話をもっとちゃんと聞いて受け答えしろよ!」
という言葉の代わりに、
ぼくの立場に立って、
ぼくのことを真摯に考えてくれて、
ぼくの立ち位置をちゃんと確保してくれた。
おかげで、ぼくは次の日から舞い上がることなく、
堂々と舞台に立っていられた。
「相手を生かす」ということ。
「相手の呼吸を計る」ということ。
「呼吸へ意識をはかる」
桂蝶六のホームページ
「第13回 蝶六の会」天神祭り特集。
7月23日(火)18時30分~、
天満・天神繁昌亭にて、
前売り2000円。おかげさまでチケットの残はあと50枚ほどになりました。
ご入場は、チケットに記載されている整理番号順となります。
お早めにどうぞ。詳細は、上のホームページにて。
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