85.叱られて
うちの師匠は「叱り方の上手な人」だった。
師匠がぼくを叱る時、たいてい二人きりだった。
そう言えば、落語のなかでも、旦那が番頭に意見をするシーン。
「ああ、番頭どんか、さあさあ、こっちへ入りなはれ。
後、ピシャッと閉めてな、お座布当てなはれ。
いや、おまはんを呼びにやったのは他でもないねやが・・・」
人払いしたうえで、「二人きりで」というのが原則。
丁稚や手代の見ている前で番頭を叱るようなことはしない。

ぼくの師匠、桂春蝶「自称:お骨の生煮え」
師匠「判ってるやろな?」
ぼく「はい・・・」
師匠「何が(あかんかったんや)?」
ここで、ぼくはまず、ぼくのしたイケナイ行為について述べる。
師匠「それで?」
ここで、ぼくは、この反省を今後どう生かしていくかについて、
ひとしきり述べる。
師匠「・・・・・・んん(それでええ)。次はないぞ」
この後、師匠は黙ってどこかへ去っていく。。。
つまり、うちの師匠がぼくを叱るときの言葉は
「判ってるやろな?」「何が?」「それで?」
「次はないぞ」。
たった4つだけ。
あとは、全てぼく自身が喋らされている。
大衆居酒屋でよく見かけるのは、
後輩や部下の前で、小言をグダグダ並べ続けている上司。
その上司がトイレに立った隙に、
叱られている部下らが、こそこそ喋っていた。
「もうちょっとの辛抱や、黙って下を向いておこう」やて。
反省の欠片もない。
自ら考えて、自ら決めるから、自ら動こうと思う。

いつもこんな談義を愉しんでいるぼくの隠れ家
北浜の画廊喫茶「フレイムハウス」
一方、「褒め方」に関していえば、
ぼくは師匠から面と向かって褒められたことなど一度もなかった。
その代わり、師匠の奥さんがぼくに、
「蝶六さん、今日、師匠がな、あんたの落語、袖で聴いてて、
あいつ良うなったなあって言ってたよ」とか、
師匠のマネージャーが
「師匠がな、蝶六はええ根性してるって言うてたで」とか、
ぼくがまだ通い弟子だった頃、師匠の知人のスナックのママが、
「土砂降りの日でも、あいつは自転車で40分もかけて、家へ通ってくる。
わしにはでけへんことやって、師匠が言うてはったで」とか、
つまり、褒める時は、いつだって間接的。
逆に、当人がいないところで、その悪口を言うことはまずなかった。
師匠は晩年、筆頭弟子のことをぼくによく褒めていた。
「あいつ、面白なったなあ」とか、「センスええがな」とか、
その筆頭弟子に対する、そういった言葉をぼくは何度も耳にし、
それをそのまま、当の兄弟子に「奢ってもらう時の肴」として提供した。
「へええ、師匠が?わしのことを?そんなふうに?・・・・・・そうかあ、
おい、蝶六、呑んでるか?何でも好きなものを頼みや。
それで他には何ぞ言うてなかったか?」
師匠のその言葉で、
ぼくはいつだってご馳走にありつけた。

ところで、話は変わるが、こんなことがあった。
それは、ぼくがある番組でロケの仕事を頂いた時のこと。
あるテレビ局のディレクターから聞いた話である。
「師匠がな、わしのところへ来て、蝶六のことを頼むってえらい頭下げはるねん。
編集で、何とかしたってくれって」
師匠は気遣いの人だった。
別れた嫁との披露宴。師匠は、ぼくの傍まで来て、
「おい蝶六、来賓者について教えてくれ。
ええと、まず、向こうのあの方は、お前とはどういう関係や?」
来賓者について、ぼくから一人ずつ聞いたあと、
師匠は、その全ての方々に一人ずつ頭を下げて廻りだした。
「今日は遠いとこから来てくれはりましてんなあ」
「うちの弟子が何や、しょっちゅう、飯をご馳走になってるみたいで」
「弟子の落語会を主宰してもらってるそうで、
私もいっぺん寄せてもらわなあかんと、思てまんねやわあ」
師匠は、その時、何とおっしゃったのか、
ぼくは後から聞いて、その気遣いにびっくりした。
瞬時の記憶力も、ぼくには到底足もとにも及ばない。
「上に立つ」って、きっとこういうことなんだろうなあ。
「人の上に立つ」って、とても大変なことなんだ。
「上に苦しむ」
・・・・・・と、明日の「梅ヶ丘寄席」の、四方山話。
師匠の、こんな思い出でも語ろうか。。。
「第18回 石切参道・梅ケ丘寄席」
平成25年7月12日(金)明日!
11時30分開演 (12時30分~お食事) 出演は、蝶六のみとなります。
お食事付き2500円(落語のみ1000円)
予約制
お手数ですが
梅ヶ丘072-984-8500まで直接お申し込みください。
まだ残席ございます。
梅ヶ丘寄席(石切参道・テラスのホームページ)
桂蝶六のホームページ
現在、ライブ繁昌亭では、蝶六へのインタビュー記事を掲載中、こちらをクリック願います。
師匠がぼくを叱る時、たいてい二人きりだった。
そう言えば、落語のなかでも、旦那が番頭に意見をするシーン。
「ああ、番頭どんか、さあさあ、こっちへ入りなはれ。
後、ピシャッと閉めてな、お座布当てなはれ。
いや、おまはんを呼びにやったのは他でもないねやが・・・」
人払いしたうえで、「二人きりで」というのが原則。
丁稚や手代の見ている前で番頭を叱るようなことはしない。

ぼくの師匠、桂春蝶「自称:お骨の生煮え」
師匠「判ってるやろな?」
ぼく「はい・・・」
師匠「何が(あかんかったんや)?」
ここで、ぼくはまず、ぼくのしたイケナイ行為について述べる。
師匠「それで?」
ここで、ぼくは、この反省を今後どう生かしていくかについて、
ひとしきり述べる。
師匠「・・・・・・んん(それでええ)。次はないぞ」
この後、師匠は黙ってどこかへ去っていく。。。
つまり、うちの師匠がぼくを叱るときの言葉は
「判ってるやろな?」「何が?」「それで?」
「次はないぞ」。
たった4つだけ。
あとは、全てぼく自身が喋らされている。
大衆居酒屋でよく見かけるのは、
後輩や部下の前で、小言をグダグダ並べ続けている上司。
その上司がトイレに立った隙に、
叱られている部下らが、こそこそ喋っていた。
「もうちょっとの辛抱や、黙って下を向いておこう」やて。
反省の欠片もない。
自ら考えて、自ら決めるから、自ら動こうと思う。

いつもこんな談義を愉しんでいるぼくの隠れ家
北浜の画廊喫茶「フレイムハウス」
一方、「褒め方」に関していえば、
ぼくは師匠から面と向かって褒められたことなど一度もなかった。
その代わり、師匠の奥さんがぼくに、
「蝶六さん、今日、師匠がな、あんたの落語、袖で聴いてて、
あいつ良うなったなあって言ってたよ」とか、
師匠のマネージャーが
「師匠がな、蝶六はええ根性してるって言うてたで」とか、
ぼくがまだ通い弟子だった頃、師匠の知人のスナックのママが、
「土砂降りの日でも、あいつは自転車で40分もかけて、家へ通ってくる。
わしにはでけへんことやって、師匠が言うてはったで」とか、
つまり、褒める時は、いつだって間接的。
逆に、当人がいないところで、その悪口を言うことはまずなかった。
師匠は晩年、筆頭弟子のことをぼくによく褒めていた。
「あいつ、面白なったなあ」とか、「センスええがな」とか、
その筆頭弟子に対する、そういった言葉をぼくは何度も耳にし、
それをそのまま、当の兄弟子に「奢ってもらう時の肴」として提供した。
「へええ、師匠が?わしのことを?そんなふうに?・・・・・・そうかあ、
おい、蝶六、呑んでるか?何でも好きなものを頼みや。
それで他には何ぞ言うてなかったか?」
師匠のその言葉で、
ぼくはいつだってご馳走にありつけた。

ところで、話は変わるが、こんなことがあった。
それは、ぼくがある番組でロケの仕事を頂いた時のこと。
あるテレビ局のディレクターから聞いた話である。
「師匠がな、わしのところへ来て、蝶六のことを頼むってえらい頭下げはるねん。
編集で、何とかしたってくれって」
師匠は気遣いの人だった。
別れた嫁との披露宴。師匠は、ぼくの傍まで来て、
「おい蝶六、来賓者について教えてくれ。
ええと、まず、向こうのあの方は、お前とはどういう関係や?」
来賓者について、ぼくから一人ずつ聞いたあと、
師匠は、その全ての方々に一人ずつ頭を下げて廻りだした。
「今日は遠いとこから来てくれはりましてんなあ」
「うちの弟子が何や、しょっちゅう、飯をご馳走になってるみたいで」
「弟子の落語会を主宰してもらってるそうで、
私もいっぺん寄せてもらわなあかんと、思てまんねやわあ」
師匠は、その時、何とおっしゃったのか、
ぼくは後から聞いて、その気遣いにびっくりした。
瞬時の記憶力も、ぼくには到底足もとにも及ばない。
「上に立つ」って、きっとこういうことなんだろうなあ。
「人の上に立つ」って、とても大変なことなんだ。
「上に苦しむ」
・・・・・・と、明日の「梅ヶ丘寄席」の、四方山話。
師匠の、こんな思い出でも語ろうか。。。
「第18回 石切参道・梅ケ丘寄席」
平成25年7月12日(金)明日!
11時30分開演 (12時30分~お食事) 出演は、蝶六のみとなります。
お食事付き2500円(落語のみ1000円)
予約制
お手数ですが
梅ヶ丘072-984-8500まで直接お申し込みください。
まだ残席ございます。
梅ヶ丘寄席(石切参道・テラスのホームページ)
桂蝶六のホームページ
現在、ライブ繁昌亭では、蝶六へのインタビュー記事を掲載中、こちらをクリック願います。
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