211.ハロー効果~座布団までの歩み~
落語家のある師匠がこんなことを言われてました。
「売れてる奴は高座に現れた瞬間から顔が違う」
そういえば、あるマジシャンも
舞台へ出るときの心得についてこう言われてます。
「ステージの上手(かみて)から出るときは、
最初の一歩は右足を出します。
下手(しもて)から出るときは左足を出します」
ちなみに、客席から向かって舞台の右手を上手といい、
左手を下手といいます。
つまり、身体をひねらず観客に向かい合う形で出ることで
「自分のより広い部分をお客に見せる」ことができる
というのです。
なるほどこの逆の出方をすると、
観客に目につくのは演者の肩と横顔ということになります。
足の出し方ひとつで観客に与える印象が
大きく変わってくるものです。
最初に観客の気持ちを引き付けることを
我々は「ツカミ」と呼んでいますが、
これは舞台に現れる最初の一歩から始まっているのです。

四代目春團治(襲名披露公演)
ところで、講演の講師として呼ばれることが多いのですが、
主催者からよくこんなお願いをされます。
「壇上に上がられましたらまず先生の紹介をさせて頂きますので、
その間そのまま立っていてもらえますか?」
でも、そのたびごとに
「できれば紹介の間は舞台袖に待機して、
出囃子と共に登場させてもらうというわけにはいきませんでしょうか」と
やんわりお断りしています。
自分に対する歯の浮くような賛辞を
観客のいる前でどんな顔をして聞いていたらいいものやら……。
何より危惧するのは、それによって生じる「間延び」です。
先に申した「ツカミ」どころではありません。
むしろ「ダレ場」になってしまいます。
お客の前に身をさらしてからのしばらくがどれほど重要なことか、
冒頭の例で明らかでしょう。
もちろん紹介の間のウェイティングを逆手に取って
「ツカミ」に変えるという方法もありましょうが、
未熟な私めにはまだまだ……。
それをご理解頂きたいのです。

「編集学校」で講義する花團治
▶謎掛けのつくり方(要素・機能・属性)
また、こんなアクシデントもよくあります。
こちらが座布団に座って高座で喋りだしてからの
スタッフによるマイクの位置調整。
事前に音響チェックは済ませていたはずなのですが、
おそらく後方の観客から「聞こえない」というクレームでも入ったのでしょう。
喋っているすぐ目の前で作業されるのは目障りこのうえない。
でも、こういう時ほど舞台上の演者は気をつけていなければなりません。
つい不愉快な顔をしてしまいがちですが、
その表情も観客にはばっちり見られています。
そんな怪訝な表情が高座に影響しないわけがありません。
ですから、よほど時間が掛かりそうなときは
一旦舞台袖に戻って出直すか、
その音響チェックもパフォーマンスとして見せてしまうかです。

最近よく「ハロー効果」という言葉を耳にします。
主にビジネスの世界で使われているようですが、
「ツカミ」の問題ともよく似ています。
「ハロー」とは「後光がさす」の後光、聖母の光背や光輪のこと。
喋りだすまでの第一印象です。
どれほど良いプランを持ってプレゼンテーションに臨もうが、
ここで失敗すると相手の印象には残らないもの。
ぼくは現在、「若手落語家グランプリ」の予選審査員をしていますが、
登場の雰囲気でつかんでしまう人は
不思議と良い結果を残す傾向にあるようです。
舞台袖から出囃子と共に小走りに登場する落語家もいれば、
舞台に顔を見せてまず深々とお辞儀をしてから座布団に歩み寄り、
坐ってまた改めて深々とお辞儀という落語家もいます。
どれがいいとは一概には言えませんが、
評価の高い落語家は登場の仕方ひとつとっても
それぞれ自身の型を持っています。
うちの師匠もよく言ってました。
「(どんな世界も)プロというもんには
すべからく理屈があるんや」


落語家の多くが美しい所作を身につけるため、日舞のお稽古に勤しんでいます。
(上:上方落語家ファン感謝デー”彦八まつり”での総踊り、
下:西川梅十三師匠に稽古をつけてもらう笑福亭たま)
舞台袖から座布団までのほんのわずかな距離ですが、
ここにもちょっとしたこだわりがあります。
今度、寄席に来られた際は「座布団までの歩み」
にも是非ご注目ください。
個人的には、
「いよいよわての出番だ!笑わしまっせ!」
といった、笑福亭福笑師匠の登場が好きです。

左から、繁昌亭の恩田支配人、笑福亭福笑、桂一蝶、ぼく、桂梅團治、桂春雨
(繁昌亭「花團治襲名披露記念ウィーク」の楽屋にて)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する月刊「リフブレ通信」の連載コラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
▶「リフティングブレーン」公式サイト

▶「第4回・花團治の会」の詳細はこちらをクリックしてご覧ください。

▶茨木クリエイトセンター「落語ワークショップ」の詳細はこちらをクリックしてご覧ください。
▶「花團治公式サイト」はこちらをクリック!
「売れてる奴は高座に現れた瞬間から顔が違う」
そういえば、あるマジシャンも
舞台へ出るときの心得についてこう言われてます。
「ステージの上手(かみて)から出るときは、
最初の一歩は右足を出します。
下手(しもて)から出るときは左足を出します」
ちなみに、客席から向かって舞台の右手を上手といい、
左手を下手といいます。
つまり、身体をひねらず観客に向かい合う形で出ることで
「自分のより広い部分をお客に見せる」ことができる
というのです。
なるほどこの逆の出方をすると、
観客に目につくのは演者の肩と横顔ということになります。
足の出し方ひとつで観客に与える印象が
大きく変わってくるものです。
最初に観客の気持ちを引き付けることを
我々は「ツカミ」と呼んでいますが、
これは舞台に現れる最初の一歩から始まっているのです。

四代目春團治(襲名披露公演)
ところで、講演の講師として呼ばれることが多いのですが、
主催者からよくこんなお願いをされます。
「壇上に上がられましたらまず先生の紹介をさせて頂きますので、
その間そのまま立っていてもらえますか?」
でも、そのたびごとに
「できれば紹介の間は舞台袖に待機して、
出囃子と共に登場させてもらうというわけにはいきませんでしょうか」と
やんわりお断りしています。
自分に対する歯の浮くような賛辞を
観客のいる前でどんな顔をして聞いていたらいいものやら……。
何より危惧するのは、それによって生じる「間延び」です。
先に申した「ツカミ」どころではありません。
むしろ「ダレ場」になってしまいます。
お客の前に身をさらしてからのしばらくがどれほど重要なことか、
冒頭の例で明らかでしょう。
もちろん紹介の間のウェイティングを逆手に取って
「ツカミ」に変えるという方法もありましょうが、
未熟な私めにはまだまだ……。
それをご理解頂きたいのです。

「編集学校」で講義する花團治
▶謎掛けのつくり方(要素・機能・属性)
また、こんなアクシデントもよくあります。
こちらが座布団に座って高座で喋りだしてからの
スタッフによるマイクの位置調整。
事前に音響チェックは済ませていたはずなのですが、
おそらく後方の観客から「聞こえない」というクレームでも入ったのでしょう。
喋っているすぐ目の前で作業されるのは目障りこのうえない。
でも、こういう時ほど舞台上の演者は気をつけていなければなりません。
つい不愉快な顔をしてしまいがちですが、
その表情も観客にはばっちり見られています。
そんな怪訝な表情が高座に影響しないわけがありません。
ですから、よほど時間が掛かりそうなときは
一旦舞台袖に戻って出直すか、
その音響チェックもパフォーマンスとして見せてしまうかです。

最近よく「ハロー効果」という言葉を耳にします。
主にビジネスの世界で使われているようですが、
「ツカミ」の問題ともよく似ています。
「ハロー」とは「後光がさす」の後光、聖母の光背や光輪のこと。
喋りだすまでの第一印象です。
どれほど良いプランを持ってプレゼンテーションに臨もうが、
ここで失敗すると相手の印象には残らないもの。
ぼくは現在、「若手落語家グランプリ」の予選審査員をしていますが、
登場の雰囲気でつかんでしまう人は
不思議と良い結果を残す傾向にあるようです。
舞台袖から出囃子と共に小走りに登場する落語家もいれば、
舞台に顔を見せてまず深々とお辞儀をしてから座布団に歩み寄り、
坐ってまた改めて深々とお辞儀という落語家もいます。
どれがいいとは一概には言えませんが、
評価の高い落語家は登場の仕方ひとつとっても
それぞれ自身の型を持っています。
うちの師匠もよく言ってました。
「(どんな世界も)プロというもんには
すべからく理屈があるんや」


落語家の多くが美しい所作を身につけるため、日舞のお稽古に勤しんでいます。
(上:上方落語家ファン感謝デー”彦八まつり”での総踊り、
下:西川梅十三師匠に稽古をつけてもらう笑福亭たま)
舞台袖から座布団までのほんのわずかな距離ですが、
ここにもちょっとしたこだわりがあります。
今度、寄席に来られた際は「座布団までの歩み」
にも是非ご注目ください。
個人的には、
「いよいよわての出番だ!笑わしまっせ!」
といった、笑福亭福笑師匠の登場が好きです。

左から、繁昌亭の恩田支配人、笑福亭福笑、桂一蝶、ぼく、桂梅團治、桂春雨
(繁昌亭「花團治襲名披露記念ウィーク」の楽屋にて)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する月刊「リフブレ通信」の連載コラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
▶「リフティングブレーン」公式サイト

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